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旅行で訪れた世界の国々

新しい出会いがある旅行はやっぱり楽しい。

一番の思い出はイタリアへの新婚旅行


独身時代から現在に至るまで、ヨーロッパ、アメリカ大陸、アジア諸国、色々なところを旅行して回りましたが、一番の思い出はイタリアへの新婚旅行です。

 

ミラノ、フィレンツェ、ベネチア、ローマを8日かけてまわるのですが、まず、一番始めに着いたミラノでスーツケースが迷子になりました。私のも主人のもです。ロストラゲッジを想定しておらず、手荷物には一泊分の用意もなかったため、私たちのミラノでの思い出の写真は、飛行機の中で楽に過ごせるようにと着ていたヘロヘロのTシャツとゆるゆるのパンツです。
その日の夜は他の旅行者の方に洗顔クリームやTシャツをお借りして過ごしました。

 

さらなる悲劇は、ローマのホテルにて起こりました。美味しいお食事とワインを堪能し、すっかり気持ちよくなった主人を部屋に残し、私だけ別のお部屋の新婚さんを尋ねた後です。自室に戻ってチャイムを鳴らせど鳴らせど、主人が開けてくれません。仕方なくドンドン!とドアを叩いても全く反応は無し。何事か、と見知らぬ人たちがドアを開けて様子を見ていました。

 

怒りを抑えながら、フロントへ向かい、身振り手振りと片言の英語でなんとか部屋の鍵を開けてもらいましたが、主人は起きる様子もなくただイビキをかいて深く深く眠っていました。今となっては笑い話ですが、成田離婚をする人の気持ちがほんの一瞬わかった瞬間でした。

独身女3人グアム旅行


中学からの女友達3人組で20台半ばに旅行をすることに。
最初の候補は沖縄だったのですが、グアムなら移動にかかる時間が同じ位だということなので、せっかく時間を取ったのだから思い切って海外のグアムに行こう!ということになりました。

 

正直、飛行機は苦手なのですが、約3時間で一緒にいるのが気心知れた友達ということもあり何とか到着。海外の空港って、独特の香りがしますよね。グアムは南国をイメージさせる香りがしました。

 

グアムでは観光地を巡る半日バスツアーに行ったり、ビーチをブラブラ歩いたり、ショッピングをしたりして楽しみました。
グアムプラザホテルに泊まったのですが、立地がとても良くJPスーパーストアもホテル内あって非常に便利でした。ビーチもショップも近く、マックやレストランも近くにありました。

 

また、大きいウォーターパークに隣接しており、徒歩ですぐ行けます。
ウォーターパークにはスライダーや流れるプールがあり、1日中そこで遊び倒しました。
ホテルの中庭にバーがあって、夕食後にそこで本業は教師というマスターたちと楽しくおしゃべりしたのも良い思い出です。

日本とハワイの違いで驚いたこと


私は新婚旅行でハワイに行きました。
海外旅行は修学旅行の時に一度ニュージーランドに行っていたので二回目だったのですが、それでもやはり私も主人も英語がほとんど話せないということで、かなり緊張していました。

 

そして、ハワイに着くと日本とは全く違った景色が広がっており、気分は最高潮に達していました。また、全てがオープンな感じで非常に目をひかれることばかりでした。
その中でも一番驚いたのは、ゴミの分別でした。
 

日本では燃えるゴミと燃えないゴミを分けたり、フードコートなどで飲食した際は食べた食器を返却口に戻したりするのが当たり前ですが、ハワイではラーメンなどの汁物を食べて仮に汁が残っていたとしても、なんとそれをそのままゴミ箱に捨てていいのです。
私は最初目を疑いましたが、ハワイでは普通のことらしく、誰もが同じことをしていました。

 

また、屋内のフードコートであっても鳩がいたりするので衛生面もあまり良くなく、カルチャーショックを受けることばかりでした。
私はこのときに、日本は本当にきれいで清潔な国なのだなと実感しました。

一番最初に母と行ったアメリカ旅行


私はこれまでに留学経験や、ワーホリ経験、そして国際結婚歴もあるので海外には縁がある方だと思います。
これまでに海外旅行は何度か行きましたが、一番思い出に残っているのは、一番最初に母と行ったアメリカ旅行です。

 

社会人2年目の私は、社内で唯一の無遅刻無欠勤者だったので、上司からご褒美として長期有給消化をいただきました。
そのおかげで、ずっと憧れていたニューヨークに行くことができたのです。

 

母はもちろん、私も全く英語は話せませんでしたが、趣味であるミュージカル鑑賞を毎日して、買い物や観光も慣れないながらもなんとかこなしました。
最終日には、何にも出来ずにいた母が1人で買い物が出来るまでになりましたし、私もだいぶ自信がつきました。
この旅行でたくさんの人に出会い、助けてもらい、無事に旅行を終えましたが、その人達ともっと話がしたかった、理解し合いたかった、という思いがずっと残り、語学留学をすることになったのです。

 

あの時のあの旅行がなければ、私は未だに海外旅行をせずに過ごしていたかもしれません。
母と2人きりでの旅行というのも最初で最後だったこともあり、今でもとても印象に残る旅行です。
そして、ニューヨークのとあるデリで買ったニューヨークチーズケーキが本当に美味しくて、いつかまたあの店でニューヨークチーズケーキを買ってホテルで母と食べたいな、と思っています。

ロンドンでビッグベンの裏側に入りました


ロンドンに語学留学していた時に、通っていた学校の課外プログラムで、ビッグベンの時計の裏側を見るツアーに参加しました。ビッグベンといえば、よく映像や写真が使われるロンドンを象徴する国会議事堂のことです。

 

時計の裏側は乳白色のガラスになっていて、井戸で使うような仕組みで鎖が設置され、時間になると鐘が引っ張られてロンドン中に時を知らせるのです。その場にいた時にも定刻になり、大きな鐘が鳴りました。時計の針も大人の背丈よりも大きくて、少しづつ動いて時を刻んでいます。

 

最近、イギリスの国民投票によるEU離脱の出来事があり、テレビでは連日、国会議事堂のビッグベンの前からリポーターが状況を説明していました。それを見る度に、小学生になる我が子に「お母さんはおのビックベンの時計の裏側に入ったんだよ」と自慢しています。

 

イギリスではいろんな経験をしましたが、日本に帰ってからロンドンのことを思い出すのは、あのビックベンの体験が一番鮮烈に残っています。

ベネチアで迷子になった


私は一度だけイタリアに個人旅行で行ったことがありますが、一番印象深いのはベネチアです。
大学生のとき母親と一緒に旅行をしようという話になった際、母が是非イタリアに行きたいということでイタリアのローマ・ミラノ・ベネチアを旅しました。

 

やはり運河のあるベネチアは一番綺麗で大満足、ふらっと入ったレストランの料理もとても美味しく、あちこちで写真を撮ってとても楽しく観光していたのですが…夕方になり、さあホテル(駅の近く)に帰ろうということになったものの、迷路のような街をどう歩いても駅方向につかない。

 

とりあえず橋をさがさなきゃ…とうろうろしていても見つからない。お店の人に聞こうにもお土産屋さんは閉店しているし、道行く人もどんどん少なくなるし、そうこうしているうちにだんだん暗くなってきます。ホテルに帰れないかも…と、母親ととっても不安になりながらあちこち歩いていて、やっとなんとか橋を見つけ、ホテルに戻ることができました。

 

今では笑い話ですが、当時は本当に焦りましたし泣きそうになりました。

心の解放をしてくれたサイパン旅行


25歳のときに初めて海外旅行でサイパンに行きました。

 

実はその前、私は同居してる祖母の介護で心も体も壊れかけていました。
家と病院と近場の買い物の往復で自分の世界はどんどん狭くなり、あるときその気持ちが爆発したのです。
それから介護は家族だけでなく、施設やヘルパーさんにお願いするところはお願いして、負担を減らしていきました。
サイパン旅行はそんな私を気遣ってくれた姉が誘ってくれたんです。

 

姉は仕事が忙しく介護にあまり関われなかったという思いから私のことを気遣ってくれて、自分も久しぶりにどこかへ行って思いっきり羽を伸ばしたいということで、場所は南国がいいねという話になりました。
それから準備をしたんですが、パスポートの申請に行ったときから幸せな気持ちでいっぱいでした。
何かに一区切りをつけられて、安心して旅行へ行けるなんて初めてのことだったからです。準備の一つ一つが本当に楽しかったです。

 

初めての飛行機にも不安はほとんどなく、窓の下に丸い虹が見えたときには感動しました。何かこれからは良いことや希望がたくさん待っている気がしました。
4泊5日の滞在期間は夢のような毎日で、南国特有の甘い香りも、鮮やかで美しい花も、青い海と空も、ビッグサイズのお料理も、見るものすべてが新鮮でキラキラと輝いて見えました。

 

それだけではなく、今までガチガチに固まっていた私の心を開放するに十分でした。
楽しいことだけではなく、戦争の爪痕が今なお残るサイパンも見てきました。そこだけはまるで時間が止まったようでした。
それもまた、平和な時代に生きていられる自分の今がありがたいことだと思わせてくれて、帰国したらいろいろなことにチャレンジしてみようという強い気持ちを持たせてくれました。

 

海外旅行はその後何度も行くようになったのですが、やはり私の心を解放してくれたこのサイパン旅行が一番思い出に残っています。

修学旅行でニュージーランドに行った時の思い出


私は高校生の頃に修学旅行でニュージーランドに行きました。
初めての海外旅行ということでとても緊張していたのですが、まわりは仲の良い友だちばかりということでかなりワクワクもしていました。

 

そしていざニュージーランドに着くと、道路は広く信号はほとんどなく、緑が非常に多いということにビックリしたのを今でもよく覚えています。
また、一軒一軒の家もかなり大きいですし、本当に羊をたくさん飼っているということにもとても驚きました。

 

そしてその中でも旅行の思い出として一番よく覚えていることは、私たちのバスの運転手が予定の時間になっても現れなかったということです。最初はみんな少し遅れているのだろうと思っていたのですが、なかなか現れないのでガイドの人が連絡をとってみると、実は私用を済ませるためにバスを使って出かけていたということでした。
これにはさすがに、担任の先生たちもかなりビックリしていました。

 

そして私はこの時に、呆れるのを通り越してさすが海外だなぁと思ってしまったのを今でも非常によく覚えています。

イタリアで間違えて買った列車の切符


イギリスに語学留学で滞在していた時に、ヨーロッパ各地を一人旅をしました。初めて行ったイタリアもこの時です。

 

ローマへは空港から鉄道で入りました。2泊ほどローマを観光して、次はベネチアに入る予定で、駅の券売機で切符を買ったのです。日本でいう特急電車でした。2日間のローマは、スペイン広場に行ったり、フォロロマーノを歩いたり、コロッセオに感動したりと歴史を感じてひとり旅での時間を有効に使いました。

 

そして、ベネチアへの移動の日、切符の時間に駅に行ったのですが、その時間の電車が表示されません。ローマの鉄道は改札口がなく、列車に乗ってから、巡回してくる車掌さんに切符を見せるシステムです。私は、近くにいた女性の駅員さんに「この電車に乗りたいのだけれど」と言って切符を見せました。駅員さんは困った顔をして「この切符は昨日のものだわ。今日はこの電車はないよ」と言いました。間違えて切符を買ってしまったことに愕然とする私に「あの電車に乗りなさい」と言って教えてくれました。

 

貧乏学生でしたので、再度切符の支払いをするのは痛手です。どきどきしながら車掌さんに切符をみせました「OK」と言われた時はとても嬉しかったです。

ドイツのヴァルハラ宮殿


ドイツへ旅行した際、「ヴァルハラ」というところへ行きました。

 

出発する前に、レーゲンスブルクという街は是非訪れたいと事前に思っていたのでガイドブックを色々読んでいたところ、レーゲンスブルクから近いところに「ヴァルハラ神殿」というかくれた観光地があるというのを知りました。穴場スポットらしいと知って、せっかくレーゲンスブルクに行くのだから!と思い行って見たのですが、確かにドナウ川が一望でき、絶景という感じでした。もっと日本でも有名になってもいいのになぁ…と思いました。

 

ちなみに、レーゲンスブルクからバスに乗り、ヴァルハラというところで降りたら住宅街(坂道)をのぼり、かつ山道を登って行き…というかなり体力のいる感じではありました。しかも3月でまだまだ雪がつもっていたので、かなり登るのは苦労しました…

 

でも、登って眺めを見るとその苦労も吹き飛ぶような感じでした。ドイツを訪れることがあれば是非また行きたいなと思います。

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